COLUMNコラム

なぜ日本は研究開発投資ができないのか?iSiP高木氏×D3LLC 永田氏座談会

iSiP 高木悠造さん D3LLC 永田智也さん
担当コンサルタント:毛利

欧米に比べて日本の研究開発投資の低さは度々問題提起されています。2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑先生が、記者会見などで基礎研究投資の増加を求めたことは記憶に新しいのではないでしょうか。今回は創薬事業における研究開発投資や、バイオベンチャーの未来について、iSiP 高木悠造さんとD3LLC 永田智也さんにお話を伺いました。

前例のない事業だからこそ投資する仕組みづくりを

-コロナワクチンなど、創薬事業は欧米諸国にリードされている状態です。日本からなかなか新たな事業が生まれにくいのは何故でしょうか?

永田 やや乱暴な一般論としての私見です。大企業がバイオ事業の主役である日本においては、国内外の前例がない革新的事業に踏み出せないことが多いようです。一方で、特に伝統のある有名大学では、大講座制といって、研究室の流れを代々引き継ぐことが多く、抜本的な研究テーマを持ちにくいという悩みもよくお伺いします。即ち、大企業も大学も変化や革新的な新規事業に寛容な組織構造になっていないようです。静止摩擦係数が大きいというか。

別の観点では、個人の能力が問われる欧米に比べ、日本では組織の看板を重視する文化があります。従って、イノベーションを志したオールジャパン、コンソーシアムといった施策でも、具体的な解決すべき課題の設定とその解決方法の追求より、座組・看板を整えることを重要視しているように感じることがあります。施策実施後の振り返り・フィードバックがあまりなされないのもそのためかもしれません。結果よりセットアップが大事なので。

要するに、日本では、イノベーション推進においても組織が主役であり、かつ、日本の組織は変化に鈍い、ということ。これが新たな事業が生まれにくい原因の一つであろうとは思います。

高木 本来なら、前例がないからこそ今まで実現できなかった新たな価値のある研究成果が生まれるはず。しかし企業やアカデミアを問わず、ある程度の大きな金額の投資が必要なケースではどうしても前例は?と聞かれがちですよね。

バイオテックなどのディープテック領域だけでなく、仕組みや体制が整っていない領域で新しい取り組みを進める際にも、リスク分散などさまざまな理由や思惑により永田さんが先ほど指摘したようなコンソーシアムを組成されるケースが多い。この場合、参画するメンバーや組織の思惑や利害関係の調整に終始した結果として、当初実現したかった目的は達成できずに頓挫してしまいやすい傾向にあります。全てがベンチャー企業等で解決するわけではありませんが、例えばC2C領域はメルカリやAirbnbなどの出現により一気に事業が進んだことで、社会にも急速に受け入れられるということが起きました。

一方で過去に私自身が関わっていた医用画像のAIを活用した診断の産業化に関しては、様々なプレイヤーが参入して業界団体なども設立されて法制度等も少しずつ整備されてはいますが、ビジネスとして成立させることは国内では非常に難易度が高い。結果として国内のプレイヤーは海外のプレイヤーに大きく遅れをとっており、海外のプレイヤーに市場を独占される可能性を懸念しています。例えば韓国では医学部生の兵役の代わりに医用画像のデータ作成を課すことで、国を上げてイノベーションの後押しをしています。日本でのPMDAに当たるKFDAがベンチャーキャピタルを運用、AI画像診断企業へ出資を行い、いくつか有力なプレイヤーが出現しています。AI画像診断の分野においては中国やイスラエルなどは当然強いのですが、こういった背景もあり韓国も非常に強いプレイヤーが現れています。

-日本でも市場を牽引するプレイヤーを育てるためには、どのようなことが必要だとお考えですか?

永田 高木さんのメルカリやAirbnbの事例にヒントがあると思っています。キーワードは「個」。平均・集団ではなく個人・個社に向き合うことに尽きると思います。広い人材育成やベンチャー支援は国の施策でも積極的に進められていると思います。しかし、プレイヤーの数を増やし平均レベルを高める努力だけではなく、世界で戦えるエースとなる「個」を選抜し厳しく育てる必要がある。「Jスタートアップ」などで強調されている「えこひいき」もありますが、厳しさも重要です。オリンピック強化選手を甘やかさないのと同様の考え方です。要すれば、ジュニアユースの拡充だけではなく、世界トップ選手候補の厳しい選抜育成の並立。中国の金メダル獲得戦略は参考になるかもしれません。

加えて、意欲的な人材の流動性を高めることが大事だと思います。諸外国ではヘッドハンティングを積極的に行うことで、それぞれが活躍できるフィールドに上手く人材配置を促していますよね。日本社会ではヘッドハンティングは未だにネガティブな印象があると伺います。自分の力が求められて発揮されやすい場所を柔軟に選び自己実現できることは本人のみならず社会全体にとって良いことではないでしょうか。適材適所です。社会の変化に対して、大きな組織がついてこられてない状況が続いている中、会社・大学といった地位や組織看板に捉われずに、自身の興味関心や能力に従って自由に挑戦する人材が増えていくと良いと思います。企業や組織もそのような人材をうまく活用するだけの胆力があれば、もっと成長しますね。毛利さんのようなエグゼクティブエージェントがもっと活躍してほしいものです!宜しくお願いします(笑)

高木 毛利さんに初めてお会いしたのは2010年だったと思うので、もう出会ってから10年くらいになるのですが、永田さんがおっしゃるような仕事に対する考え方は、毛利さんにお会いした時にはすでに持っていました。その原型は、大学院時代に遡ります。私自身が大学院を退学した2006年ごろは、産学連携が重要であると言われ、基礎研究には予算が付きにくく、産業化が説明しやすい研究に研究費が付きやすいということが起きていました。ただそういった論調に言い知れぬ不安と疑問を当時感じており、国がスポンサーであるアカデミアを続けていくことが、自分の能力面も含めて、一度きりの人生において本当に幸せな道にならない可能性が多分にあるのではないかと思ったんです。そこで、国内企業の研究所に入りました。

当時も今もまだ解を持っているわけではないですが、漠然と思っていたのはテクノロジー研究を進めるのは、テクノロジー的な成果をお金に変える必要がある。実際には必ずしもうまく進んでいないのは、テクノロジーとビジネスをブリッジさせる人が不足しているのではないかという仮説を持っています。大学を出てからは、この仮説に対して自分ができることが何か、ずっと探し続けています。ある意味、自分の研究者としての能力は微妙だったので、自分で自分をクビにしたんですね。紆余曲折ありながらも、先ほどの仮説に対して自分のできる仕事をその時々の状況に合わせて組織を変えながらやっていくことで、飽きずに続けられています。

最近では、仕事に関して閉塞感などを感じ始めている同年代の友人の声をよく聞くようになってきました。様々な事情で辞められないなども聞きます。これは昔の研究所時代の話ですが、ちょうど今の私と同じくらいの年代の人で何も仕事がない人もいました。そのような状況を見てきたので、解雇規制も、本当に解雇しないことがその人の幸せとは限らないのではないかと、個人的には思っています。向いていない組織でずっとサラリーマンを続けるのが正解なのか。もしかしたら、解雇されたからこそ今までは挑戦できなかった、自分の好きなことをやるきっかけになるのかもしれない。実際に自分自身も、常にいつ解雇されてもよいと思って仕事をしています。もしかすると来年くらいにはクビになっているかもしれません(笑)

大企業のマイナー出資では事業は変わらない

-事業の出資側についてはどんな意見をお持ちですか?

高木 マイナー出資は、大企業側が望んでいるシナジーを作るという観点ではほとんど意味がないと思います。出資受けたスタートアップ企業からすると、限られたリソースで自分たちの事業を急成長させなければならないという責任を負っている。大企業の中の起きる調整コストによる大企業のスピードに合わせた上で、自分たちの事業にとってほんの一部のことに対しては「優先順位を落とす」もしくは「明確にやらない」と決める方がスタートアップ企業にとって利があるので、結果として望んだシナジーは生まれないと思います。分散投資するのであれば、事業に共感した1社を買収して一緒に作っていく方が良い関係になれるのはないでしょうか。

永田 複数社に投資していると個々にリスク・覚悟が取りにくくなります。ベンチャーキャピタルの投資行動と事業会社の投資行動は当然異なるもの。日本企業が好む「資本業務提携」という行動がありますが、その範疇にあるマイノリティ出資が抱える高木さんがご指摘のような問題は、現場において日常茶飯事的に思います。これは、スタートアップ側も大企業側も苦しんでいる不幸な現象かもしれません。

また、現場肌感ではなく概念的にも、マイノリティ出資を通じて自社に有利な事業シナジー創出を求めることは、日本的な株式持ち合いに批判的な海外投資家の目線や、もしくは、昨今話題となるESGの観点では、褒められたものではないでしょう。スタートアップにとって有意義な事業提携であればマイノリティ出資などなくとも提携しますよね。そうではなく、マイノリティ株主“様”だから提携をする、というのは、他の株主の価値を毀損しているかもしれず、高木さんの仰るとおり、経営責任に背く話になりうります。勿論、資本業務提携がうまく機能している例も多くありますが、コーポレートガバナンスの視点が強くなると、本当に必要な出資・割当なのか、という問は厳しくなってくるかもしれません。

また、日本ではM&Aエグジットが少ないという事実はよく知られています。大手企業側も勝負する事業を見極められないためか100%株式取得といった英断には抵抗があり、玉虫色な資本業務提携に逃げがち、ということは要因としてあるかもしれません。単純に、企業買収・売却への心理的抵抗感もありそうです。いずれにせよ、玉虫色の判断をし続けると良い結果、少なくとも、トップクラスの結果は得られないのは、どの世界でも同じですよね。

-日本のバイオベンチャーは今後どうなると予測されますか?

永田 確実に言えることは、ベンチャーに携わる人材のレベルは上がってきていることです。そして、日本のバイオヘルスケア領域には今までの研究蓄積があります。日本の研究のレベルは下がっているとは言われます。たしかに微分するとネガティヴでしょう。しかし、これまでの積分値、蓄積は十分にあります。よいネタがあるので、よい握り手がつけば、成功する「お寿司屋さん」もでてくるだろうと信じています。成功事例が生まれれば挑戦者も増えていくでしょう。特に、成功事例の踏襲を好む日本社会では尚更です。

ところで、世の中全体としても、ダイバーシティ・インクリュージョンが叫ばれていますよね。その一つの観点ですが、自分が本当に好きなことをやる。個人の想いや力が強くなっていく流れを期待しています。世間体を重視し前例踏襲滅私奉公。自分を殺して定年まで組織人として耐え忍ぶ人生よりも、自分が信じたことを信じた仲間と能動的に追求する、そういった生き方も今よりも認められやすくなりつつあるように思います。勿論、能動的に終身雇用滅私奉公を生きるのも素敵です。新卒から迷いなく一社勤め上げられることも、素晴らしいことですよね。バイオに限らず、スタートアップ全体に追い風を感じているのは、このような価値観の変化、というか多様化、のように思います。

高木 いろんな分野の専門家が、この分野に飛び込んで世界で初めてのことをやってみようと思う人が増えたらいいですね。私は現在医療分野に携わっていますが、10年前にソーシャルゲームをやっていた人が多く参入してきている印象があります。「ソフトウェアが全てを飲み込む」という話に近いですが、バイオベンチャーにもソフトウェアエンジニアなどの別分野の専門家が入り込むことで、今後大きく飛躍していくのではないかと思います。私自身も本来はエンジニアですが、医療分野に入って、現在の会社ではPHRの推進をやっていますし、会社外の活動としては機械学習を活用して創薬もやっています。もちろんこの分野に関しては、私自身は素人なので専門家の人に聞きながらやっています。うまくいくかは自分でもさっぱりわからないですが、いろんな分野の人がこの分野に入ってきてやってみることに大きな価値があるように思います。

【座談会メンバープロフィール】

iSiP 高木悠造さん
東京大学理学部・同大学理学系研究科修了。2022年iSiP株式会社を設立。代表取締役CEOとして、AI創薬事業を手掛ける。これまでエンジニアリング・プロダクトマネジメント・ビジネス開発の3つの軸を融合し、様々な事業に携わる。

D3LLC 永田智也さん
東京大学薬学部・同大学院薬学系研究科修了。カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院VCEP。マッキンゼー・アンド・カンパニー、米FIL Capital Management (HK) Ltd.)等を経て、2017年にバイオヘルスケアに特化した事業育成・投資会社D3 LLCを創業し代表に就任。2021年よりD3バイオヘルスケアファンドLPSも運用。日本ビジネスモデル学会執行役員。名古屋大学卓越大学院運営委員。